睡眠・覚醒調節機構の解明

 我々は毎日規則正しく睡眠と覚醒のサイクルを繰り返しており、実に人生の3分の1もの時間を眠って過ごしています。このように、睡眠はごく身近なものですが、現代医学のブラックボックスとも言われており、その謎に挑む睡眠研究に社会的関心が高まっています。例えば、睡眠と覚醒は、内因性睡眠物質に基づく液性調節機構と神経活動に基づく神経性調節機構が連携して調節されるものであると考えられています。私達の研究室では、内因性睡眠物質として知られるプロスタグランジン、アデノシン、サイトカイン、あるいは、視床下部神経ペプチドとして知られるオレキシンやメラニン凝集ホルモンなどに注目して、睡眠の生理的意義や、睡眠・覚醒を調節するメカニズムを解明する研究を行っています。また、睡眠・覚醒調節の分子基盤を理解するために、タンパク質分析やリアルタイムPCRを使った遺伝子発現解析も実施しています。

 実験で使われるマウスの睡眠も、ヒトと同様に、レム睡眠とノンレム睡眠に分けることができます。「レム」はRapid Eye Movementの頭文字に由来し、英語名の通り「急速眼球運動」が出現し、脳波のシータ成分と筋弛緩が特徴的な浅い眠りです。一方、ノンレム睡眠では「急速眼球運動」は見られず、脳波のデルタ成分が特徴的な深い眠りです。私達の研究室では、睡眠実験を環境音やアーチファクトの混入を遮断できる専用の実験室で行っています(右の写真)。実験室の内部には、電磁シールド処理された防音箱が設置されており、この中で動物の脳波と筋電位を取得します。これらの生体シグナルをバイオアンプで増幅した後、専用のプログラム(SleepSign)を用いて解析します(トップページの写真)。動物の活動状態は、明期(休息期)と暗期(活動期)で大きく変化しますが、これはビームセンサー式自発運動量測定装置と赤外線ビデオカメラで観察しています。マウスの睡眠・覚醒ステージは、脳波、筋電位、自発運動量、ビデオ観察により総合的に判定しています。

生活の質「Quality Of Life (QOL)」の向上を目指した健康サイエンス

 現代日本では、健康上の問題がなく、日常生活を普通に送れる期間である健康寿命と平均寿命の差は約10年間もあるとされています。この期間は介護が必要となる可能性が高く、本人のQOLだけでなく、介護する側の負担も問題視されています。健康寿命を延伸するためには毎日の眠りが重要になります。良質な睡眠を取ることで日中のパフォーマンスが上がり、健康的でQOLの高い生活を送ることができます。また、良質な睡眠が多くの疾患予防につながることも知られています。私達の研究室では、「睡眠の質」の指標として、ノンレム睡眠の断片化度を評価しています。右図ではノンレム睡眠と覚醒のエピソードの長さをヒストグラムで示しています。ここから、マウスはノンレム睡眠が1時間以上続くことは稀であり、分単位で睡眠と覚醒を繰り返していることが読み取れます。睡眠障害マウスは通常マウスに比べ、10〜20秒の短い覚醒の頻度が増加しています。それに対して、640秒の長いノンレム睡眠の頻度は減少し、その分、10〜160秒の短いノンレム睡眠の頻度が増加しています。これらのことから、睡眠障害モデルマウスについては、短時間覚醒が発生することで長いノンレム睡眠が断片化されて短くなり、睡眠の連続性が失われることで「睡眠の質」が低下しているということが分かります。私達は「睡眠の質」を高めることでQOLを向上させる食品成分の探索と機能解析を、睡眠障害モデルマウスや老化促進モデルマウスを用いて進めています。

 食の欧米化や栄養の偏り、そして不規則な食事などが原因となり、現代社会では肥満者が急増しています。肥満は糖尿病や動脈硬化症を始めとした生活習慣病を引き起こすリスク因子です。それと同時に、睡眠時無呼吸症や不眠症などの睡眠障害を併発しやすくすることが明らかとなっています。肥満の予防には、食事制限や定期的な運動を行うなどしてライフスタイルを習慣的に変化させることが必要です。しかしながら、実際にそれを継続することは難しいのが実情です。私達の研究室では、日常の食生活の中で、栄養素や食品成分の機能性により、肥満やメタボリック症候群を予防する方法についても研究を進めています。ミツバチの作るローヤルゼリーやインドネシアを原産とするメリンジョの種子抽出物を混餌で食餌性肥満マウスに与えると、褐色脂肪細胞において熱産生を担う脱共役タンパク質(UCP1)を介して肥満やメタボリック症候群が改善されることを明らかにしました。

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